私の治療を支える言葉 「ハームリダクション」/「ネガティブケイパビリティー」
掲載日:2025年01月30日
投稿者:ことぶき共同診療所
私は横浜市の寿町にあることぶき共同診療所で医師をしている鈴木と申します。もともと寿町の地域医療を志してスタートしましたが、地域的に依存症の方が多い地域であり、図らずとも依存症治療に引き込まれ、今では依存症医療に魅了されながら医療を続けて20年を超えました。
依存症の治療は一筋縄でいかないことが多く、特に寿町では依存症のみの方は少なく他の疾患・障害を合併している方が多いです。「どこから関わったらよいのだろうか?」と頭を抱えたくなるときに役に立つのが「ハームリダクション」という言葉です。「ハームリダクション」とは、依存症そのものの完治だけを目指すのではなく、「ハーム」(害)を少しでも抑えることで、患者さんがより安全に生活できることを目指す考え方です。薬物使用を完全にやめることが難しい場合でも、安全な注射器を提供するなどしてHIV感染の健康リスクだけは軽減するような方法がこれにあたります。この考えに立つとどんなに複雑そうに見える患者さんでも、改善・サポートできるところをみつけてそこから行きましょうとポジティブにとらえられるようになれます。さらにそのような関わりが治療に必要な信頼関係を作り土台にもなります。
こうして何とかスタートできたとしても治療は一筋縄では進みません。一進一退を繰り返し、膠着状態が続くこともあります。「自分たちのやってることは意味があるのだろうか」と自問自答したくなる、そんな時に勇気づけてくれるのが「ネガティブケイパビリティー」という言葉です。
「ネガティブ・ケイパビリティー」は詩人ジョン・キーツが提唱した概念で、「曖昧さや不確実性の中で答えを急がず、その状況を受け入れる能力」を指します。「回復を信じて待てる力」といえるかもしれません。依存症治療は前進と後退を繰り返し螺旋のように進むことが一般的です。この時支援者側が焦りを抑え、患者さんの回復を「信じて待てる」かが重要です。
実際の回復はそうした「待ちの時間」の中で突然のようにおこってきます。いつ起こるのかはわかりません。しかし、確かなのは「ハームリダクション」を繰り返し「ネガティブ・ケイパビリティー」を発揮し治療関係を維持し、環境を整えている中に回復は起こってきます。こんな訳で今日も患者さんの回復を願いながら対話を重ねる日々が続きます。